203号室
ここが新しい家か・・・。そんなことを思いながらドアを開ける。
最初に香ってくるにおいは、俺が好きな、新しい部屋からする独特のにおい。ここのアパートは古びているけど、いつもと同じ、一定の期間人が住んでいなかったことがわかるにおいがした。
「ほら、早く入ってきなさい。まずは掃除機と雑巾がけからだからね」
そういって父さんは俺に雑巾を投げてきた。
「わかってるよ」
別に今回が初めてじゃなんだからいちいち言わなくても。そんな不満をぐっとこらえて、床を掃除しようと腰をかがめたとき…
「こんにちは~」
なんで、引っ越してきた初日、それもまだ10分もたってないのに人がやってくるんだと思いながら玄関のドアを開けた。
「あ」
そこには一人の少年がいた。
「ごめん、邪魔だからどいてもらえるかな」
さっきと同じようなセリフを言って、人の家にどかどかと勝手に入ってきたのは、俺がこの町にやってきて、初めて出会った少年だった。
「浅倉さん、こんにちは。あの、父さんの代わりに手伝いにやってきたんですけど…」
「ごめんね、わざわざ。僕はいいって言ったんだけど。じゃあ、早速これで窓を拭いてもらえるかな」
「はい、わかりました。別に俺、浅倉さんの引っ越し手伝うの面倒とか思ってないんで、どんどん仕事言ってくれてかまわないんで」
そういって、父さんから雑巾をもらってさっさと少年は窓を拭き始めた。
「ねえ、父さん、誰?」
「あ、ごめんごめん。お隣さんの宮城涼君だよ。ゆうと同い年なんだよ。これからは涼君にいろんなこと教えてもらうといいよ」
「なんで、父さんはもうお隣さんと知り合いなの?」
「それは、掃除が終わったら話すから。今は掃除をしてくれるかな?」
そう言って、父さんは掃除機をかけ始めた。父さんのマイペースぶりにはもう慣れてしまったけど、やっぱり、俺だけ独り残された感じの孤独感だけはなれることができなかった。もっと、強くなりたい。
3人で掃除をした甲斐があってか、予定よりも早く掃除が終わった。掃除中、涼という少年は一度も俺を気にすることはなかった。まあ、俺もそのほうが都合がよかったからこっちから話しかけることもなかった。
「じゃあ、ちょっと休憩しようか。ジュース買ってくるからちょっと待っててね」
そういって、父さんは部屋を出ていった。
ふたりきり。沈黙は嫌いではないけど、初対面の相手との沈黙は、相手の居心地の悪さが伝わってくるようで好きじゃない。でも、俺が話しかけても、相手にとっては面倒くさいだけだろうなと思ったので、話しかけることができなかった。
かっこいいやつ。
浅倉悠紀の宮城涼に対する第一印象。自分の持っていないものを持っている人間。と同時に、自分と友達になるようなやつではない人間。友達になりたいなんて、もう思わないようにしていたのに、浅倉悠紀は無意識のうちに涼と友達になることを考えていた。
ほんとは一人でいたいなどと思っていないのに、自分の声など聞こえないふりをして、無理に自分を強くしようとしていた。そんな意味のない強さなど、自分を苦しめる何物でもないのに。
だけど、きっと涼は俺と友達なんてならないだろうな。
そんなことを考えていると、
「あのさ、名前なんていうの?」
突然、涼から話しかけられ、悠紀は何を聞かれたのかも忘れてしまうくらい驚いてしまった。
今、俺に話しかけた?
悠紀はただ涼を見つめるだけで反応がない。
「あのさ、俺のこと嫌いなの?さっきから、俺、無視られてばかりでさ」
と、やっと自分が相手の質問に答えていないことに気づく。
「あ、ごめん。そういうんじゃなくて・・・。えっと、俺、浅倉悠紀、です。はじめまして」
「どうも。って、ゆうき?あのさ、俺の友達におんなじ名前の子がいるんだよ。なんて呼べばいいかな?」
「別に、名前で呼ばなくても・・・浅倉でいいよ」
「それじゃあ、他人行儀って感じじゃん。あ、ゆうって浅倉さん言ってたから、ゆうでいい?」
「別にいいけど・・・」
涼と話して、悠紀は涼に対する自分の考えが間違っていることに気づいた。
もしかしたら、俺、涼と友達になれる?俺のこと、苦手って思ってないのかも・・・。
この町では、友達なんて作らなくてもいいと思っていた。もう二度と傷つきたくないから。だけど、涼となら、綾人みたいにはならないかもしれない。今度はうまく付き合えるかもしれない・・・。
それなら、涼とだけ。
「ただいま~。暑かったよね。はい、これは涼君に。これはゆうに。もうすぐ、引越し屋さんがくるみたいだから、これ飲んだらまた一仕事だからね」
ジュース二つに、ウーロン茶を一つ抱えて父さんが帰ってきた。